眠っている基地局を”呼び起こす”技術:オンデマンドSIB1とULウェイクアップ信号が拓く5G-Advancedの省エネ革命

目次

1. はじめに

スマートフォンを開いた瞬間に、当たり前のように電波がつながり、動画が流れ、地図が動きます。私たちがそう感じている裏側で、実は、基地局は「誰も使っていない時間」でも、常に自分の存在を知らせる信号を送り続けています。5G NR(New Radio)では、その代表格が 同期信号ブロック(SSB) と システム情報ブロック1(SIB1) です。ある研究では、周波数帯FR1では最大で約30%、FR2でも約15%の時間シンボルが、ユーザーデータではなくSSBとSIB1の送信だけに費やされていると報告されています。

これは、深夜のオフィス街で誰も乗っていないエスカレーターが動き続けているようなものです。5Gは4Gに比べて1ビットあたりの電力効率で優れる一方、絶対消費電力ではむしろ大きいと指摘されており、通信事業者にとって「基地局の消費電力削減」は最重要課題のひとつになっています。

そこで注目されているのが、基地局のSIB1送信を”必要なときだけ”に切り替えるという発想です。具体的には、端末側から短い上りウェイクアップ信号(UL-WUS:Uplink Wake-Up Signal)を送り、それを合図に基地局がSIB1を送り出します。3GPPがRelease 19(5G-Advanced第二弾)で仕様化した オンデマンドSIB1 はまさにこの考え方であり、特許出願も急速に増えています。本記事では、このオンデマンドSIB1とUL-WUSの仕組みを、3件の特許を軸にわかりやすく解説します。

2. オンデマンドSIB1と上りウェイクアップ信号の全体像

2-1. SIB1の役割と”常時送信”の負担

SIB1は、端末が初期セルアクセス、セル再選択、ランダムアクセス手順、RRC接続状態への遷移などを行うために必ず受信しなければならない基礎情報です。従来、基地局はカバレッジ内に端末がいるかどうかに関係なく、周期的にSIB1をブロードキャストし続ける設計になっていました。

図1:5G NR基地局とセルの構成イメージ。 基地局はカバレッジ内の端末有無にかかわらず、SSBとSIB1を周期的に送信し続ける。
 出典:Telecom Unpacked, “How Cell Towers Work” (https://www.telecomunpacked.com/post/how-cell-towers-work)

問題は、都市部のスモールセルのように、時間帯によっては数分間まったく利用されないセルが多数存在することです。それでもSIB1とSSBは律儀に送信され続け、周波数リソースと電力を消費し続けます。3GPPのTR 38.864「Study on network energy savings for NR」でも、この”常時送信の無駄”を減らすことが省エネルギーの主要目標として位置づけられています。

2-2. NESセルとオンデマンド送信という発想

こうした背景から3GPPが導入したのが、ネットワーク省エネルギー(NES:Network Energy Saving)という概念です。NESセルでは、SSBやSIB1を通常のように周期送信するのではなく、アイドル状態では停止しておき、必要になったときだけ送信する方式を採ります。従来の”常時オン”から”必要なときだけオン”への発想の転換と言えます。

具体的には、NESセルの近傍にある通常セル(アンカーセル)が、そのNESセルに関する最低限の情報と、”どうやってNESセルを起こすか”の設定情報を配信します。端末はまずアンカーセルに接続し、NESセルの存在を知り、必要ならば起動要求を出します。この仕組みによって、深夜のスモールセル群を大幅に眠らせることができます。

2-3. UL-WUS:端末から基地局を”起こす”合図

NESセルを目覚めさせる合図が、上りウェイクアップ信号(UL-WUS)です。UL-WUSは、端末が「あなたのSIB1が欲しい」と基地局に伝えるための短い上り信号で、実質的にはPRACH(物理ランダムアクセスチャネル)のプリアンブルや、それに類する専用シーケンスとして実装されます。

図2:LP-WUS(低電力ウェイクアップ信号)の波形生成ブロック図。 情報ビットを符号化・レートマッチング・ライン符号化した後、OFDM資源にマッピングして送信する。5G基地局の既存送信チェーンに組み込みやすい設計となっている。
 出典:Wagner, S. “Low-Power Wake-Up Signal Design in 3GPP 5G-Advanced Release 19” (EURECOM), arXiv:2507.10207 Fig. 4 (https://arxiv.org/html/2507.10207v2)

端末はアンカーセルからUL-WUSの設定情報(送信タイミング、シーケンス、リソース割当)を受け取り、NESセルの状態情報に応じてUL-WUSを送信します。アンカーセルはこれを検出すると、NESセルに”起きろ”と伝え、NESセルはオンデマンドでSIB1を送信するという流れになります。

3. 特許から見る技術革新

3-1. PDSCHでオンデマンド送信を仕掛ける(US20250056510A1)

2024年にSamsung Electronicsが出願した特許 US20250056510A1「Triggering on-demand SSB or SIB1」 は、オンデマンドSSB/SIB1のトリガー機構をPDSCH(物理下りシェアードチャネル)の中に埋め込む方式を提案しています。

基地局は、あるPDSCH送信の中に「これから一定の時間オフセット後にSSB/SIB1をオンデマンド送信します」という指示子を含めます。端末(UE)はこれを検出し、時間オフセット後に開かれる送信ウィンドウで実際にSSB/SIB1を受信するという流れです。

この方式の巧妙な点は、“起こす”側と”起きる”側のスケジューリングを1つの下り信号で同期させられることにあります。従来のように別途RRCシグナリングを繰り返さずに済むため、シグナリングオーバーヘッドと電力の両方を削減できます。

3-2. オンデマンド参照信号/SIBという上位概念(WO2023151463A1)

2022年にMediaTekが優先権を主張したPCT公開特許 WO2023151463A1「Method and apparatus for using on-demand reference signal or system information block for network energy saving」 は、オンデマンド化の対象をSIB1だけでなく参照信号(RS)全般に広げた点で先進的です。

端末はトリガー条件(測定要求、セル再選択候補の発生など)を判定し、必要なときだけオンデマンドRS/SIBリクエストを送出し、ネットワーク側は応答を返して該当リソースを送信します。同特許は、複数UEからの要求を集約する投票ベース(voting-based)のリクエスト処理、上位ステージのビームスイープと連動した多段トリガー、位置情報レポート付きの要求などを図解しています。単発の”起こす”操作ではなく、集団的な省エネ最適化の枠組みを提示している点が特徴的です。

3-3. セル選択・再選択とNESの統合(WO2024055298A1)

2022年にAppleが出願したPCT公開特許 WO2024055298A1「Technologies for cell selection and reselection in network energy saving networks」 は、UE側のセル選択・再選択アルゴリズムをNES対応にするための技術を扱っています。

NESセルはSSB/SIB1を減らしているため、UEが通常のセル測定手順を回すと”存在するのに検出できないセル”が生まれてしまいます。この特許では、アンカーセルから受け取ったNESセル情報をもとにUEが測定挙動を切り替え、必要に応じてUL-WUSを送ってNESセルを起動する仕組みを定義しています。「省エネと接続性の両立」という現実的な課題に、UEの状態遷移レベルで踏み込んだ点が実装上のヒントとなります。

4. 応用分野・実用化

4-1. 都市部の高密度スモールセル

もっとも直接的に恩恵を受けるのは、都市部に多数配置されるスモールセルです。夜間や早朝、閑散なオフィス街の路上に立つスモールセルは、ほとんどの時間”空振り”のSIB1を打ち続けています。オンデマンドSIB1が入れば、これらのセルは大部分の時間眠り、必要なときだけ数十ミリ秒〜数秒の起動時間で復帰できます。Nokiaのホワイトペーパーは、5G-Advancedの省エネツール群を組み合わせることで、RANのエネルギー消費を大幅に削減できると試算しています。

4-2. IoT・産業用ネットワーク

スマート工場、スマート農業、環境センサーネットワークなど、間欠通信のIoT機器が接続される用途では、基地局側も端末側も”待機時間の電力”が支配的になります。UL-WUSと低電力ウェイクアップ受信機(LP-WUR)を組み合わせれば、IoT機器の消費電力を90%以上削減できるという評価もあります。

4-3. 6Gへの橋渡し

3GPP Release 19は5G-Advancedの第2波であると同時に、6Gに向けた助走でもあります。オンデマンドSIB1、LP-WUS、SSBの適応周期といったNES技術群は、将来の6Gネットワークにおける「エネルギー最適化されたRAN」の基本部品として引き継がれる見込みです。

5. 課題と展望

5-1. 現在の課題

オンデマンド運用は、動作が”イベント駆動”になるため、遅延とジッタの制御が難しくなります。眠っていたセルが起きるまでの時間、UEが接続を試みるタイミングとのずれ、複数UEからの同時要求による輻輳など、通常運用にはなかった協調問題が生まれます。また、UL-WUSの検出誤りやなりすまし対策など、セキュリティと信頼性の両立も課題です。

5-2. 研究の最前線

学術・産業両面での研究は活発です。Ericssonは時間領域におけるNES技術の総合評価を、Nokiaは5G-Advanced/6Gへ向けた省エネロードマップを公開しています。また、LP-WUSの設計解析はarXiv上で盛んで、Eurecomなどの研究チームが送受信構造と電力性能のトレードオフを詳細に分析しています。

5-3. 未来の展望

将来的には、UL-WUS/オンデマンドSIB1が単独機能としてではなく、AI駆動のネットワーク自律運用の一部として組み込まれていくと予想されます。トラフィック予測AIが「そろそろ人が集まる」と判断してセルを予備起動する、逆に「もう誰も来ない」と判断してセルを深く眠らせる—そういう連携が現実味を帯びてきています。特許の世界でも、KDDI、Samsung、MediaTek、Apple、Qualcommを中心に関連出願が急増しており、5G-Advancedの中でも最も注目すべき戦場のひとつとなっています。

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6. 結論

オンデマンドSIB1とUL-WUSは、「基地局は常に送信し続けるもの」という無線通信の前提を覆す技術です。端末からの短い合図で眠っていたセルを起こす—これは単なるエネルギー節約ではなく、電波リソースと電力を、必要な人・必要な場所・必要な時間に集中させるという思想の転換でもあります。

都市部のスモールセル群、IoT機器の網、そして6Gに向かうネットワーク設計の中で、この考え方はますます中核的な役割を担っていくと思われます。

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参考文献

テーマに近い関連する特許文献

  1. US20250056510A1 – Triggering on-demand SSB or SIB1 (Samsung Electronics) https://patents.google.com/patent/US20250056510A1/en
  2. WO2023151463A1 – Method and apparatus for using on-demand reference signal or system information block for network energy saving (MediaTek) https://patents.google.com/patent/WO2023151463A1/en
  3. WO2024055298A1 – Technologies for cell selection and reselection in network energy saving networks (Apple) https://patents.google.com/patent/WO2024055298A1/en

記事を作成するにあたり参考にした文献

  1. 3GPP – “TR 38.864 Study on network energy savings for NR” https://www.3gpp.org/dynareport/38864.htm
  2. 3GPP – “Rel-19 Low power wake-up signal and radio” https://www.3gpp.org/technologies/rel19-lpwus
  3. Nokia White Paper – “Reducing energy use with 5G-Advanced” https://onestore.nokia.com/asset/i/213599/
  4. Ericsson Blog – “Find the gaps: boost your network’s energy performance with time-domain techniques”(2024年11月) https://www.ericsson.com/en/blog/2024/11/find-the-gaps-boost-your-networks-energy-performance-with-time-domain-techniques
  5. Wei et al. – “Low-Power Wake-Up Signal Design in 3GPP 5G-Advanced Release 19” arXiv:2507.10207 https://arxiv.org/html/2507.10207v2
  6. Tejas Networks – “Network Energy Savings: Innovations for a Sustainable Path to 5G-Advanced and 6G” https://www.tejasnetworks.com/resource/network-energy-savings-innovations-for-a-sustainable-path-to-5g-advanced-and-6g/
  7. 3GPP – “Release 19 overview” https://www.3gpp.org/specifications-technologies/releases/release-19
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