高電圧EV時代のABS:バッテリー短絡(SCB)から制御ユニットを守る保護ユニット統合ECU

目次

1. はじめに

電気自動車(EV)やハイブリッド車が増えるにつれて、車の中で使われている電気の電圧が、少しずつ高くなってきています。ふつうのエンジン車では、電装品はほとんど12Vで動いていますが、EVやハイブリッド車では、モーターや大電力機器に加えて、48Vや、それ以上の高い電圧を使うことが一般的になってきました。

そのなかで、あわせて設計が変わってきているのが、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)の制御ユニットです。ABSは、急ブレーキのときに車輪がロックしてしまわないよう、ブレーキの効き方を細かく調整してくれる装置で、車の安全にとても大切な役割を果たしています。

これまでのABSの制御ユニット(ECU)は、12Vで動くことを前提に作られていました。ところがEVやハイブリッド車では、専用の12Vバッテリーを別に用意せず、ECUの中にDC-DCコンバータ(電圧を下げる回路)を内蔵して、48V〜60V以上の高い電圧から直接電気をとる構造が増えています。部品が減り、車も軽くなるので、メーカーにとっては都合が良い方向です。

しかし、この構造には新しい弱点があります。それが「Short to Battery(SCB)」と呼ばれる故障で、日本語ではよく「バッテリー電圧への短絡」と訳されます。つまり、本来は低い電圧しか流れないはずの信号線や制御線に、何かのはずみで高い電圧が直接かかってしまう現象です。もし対策が不十分なままSCBが起きると、12V用に作られた半導体部品が壊れ、ブレーキ制御そのものが止まってしまうおそれがあります。ABSが必要になるのは、雨で滑りやすい路面や、追突を避けるための急ブレーキなど、いちばん止まってほしくない場面ばかりです。だからこそ、この問題を確実に防ぐ設計が必要になります。

本記事では、この「高電圧化するEV時代のABSと、SCBという新しい故障モード」をテーマに、公開されている3件の特許を取り上げながら、自動車メーカーや部品メーカーがどのように解決しようとしているのかをご紹介します。

2. 電動車のブレーキ制御ユニット、その中身と弱点

2-1. ABSモジュールの基本:油圧ユニット+ECUという二人三脚

ABSモジュールは大きくHU(ハイドロリック・ユニット)ECU(電子制御ユニット)の2つで構成されます。車輪速センサーが「ロックしそう」と検知すると、ECUがHU内のバルブとポンプを高速制御し、キャリパーに送る油圧を細かく増減します。ドライバーがベタ踏みしても車輪はギリギリロックしない。これがABSの魔法です。

例えば、BoschのIntegrated Power Brake(IPB)は、ペダルから油圧回路を電子的に切り離し、ペダル入力→ECU演算→電動モーターがピストンを押して油圧を作るワンボックス構造に統合されています。ZFは「Dry/Hybrid/Wet」の3系統でBrake-by-Wireを揃え、48V電動ギアで油圧アクチュエータを置き換える方向に踏み込んでいます。

出典:Wikimedia Commons(Anti-lock braking system diagram

2-2. なぜ48V〜60V化が進むのか

理由は効率と重量です。同じ電力なら電圧を上げると電流が下がり、配線を細く軽くできる。回生ブレーキの電力も48V系のほうが扱いやすく、マイルドハイブリッドの主流電圧として定着しました。ADASやステアバイワイヤが増えるほど、12Vだけでは電流が足りず、48Vや高電圧バスに頼るしかありません。

ABS ECUも例外ではありません。最新設計はECUの中にDC-DCコンバータを埋め込むことで12Vサブバッテリを省略し、48〜60V以上の主電源から直接ECUを回します。パッケージは小さく軽く、コストも下がる。ここまでは良いことばかりに見えます。

2-3. 「バッテリー短絡(SCB)」というEV時代の落とし穴

ところが主電源と直結するということは、主電源電位が信号線・制御線に流れ込む事故、SCBのリスクも同時にまとうということです。12V論理のマイコンやトランシーバに60Vが乗れば、保護なしでは一撃で壊れる。EVの床下には高圧配線が縦横に走り、衝突・振動・水分・製造公差など、SCBが起きるルートは想像以上に多い。

ISOも電子ブレーキをISO 26262の枠組みで「Fail-operational(故障してもなお機能する)」に格上げすることを求めています。課題は「ECUを高電圧側に置きつつ、短絡・過電圧から制御機能を絶対に落とさない」。ここに、いまの特許競争のホットスポットがあります。

3. 特許から見る技術革新:3件で読み解く保護・冗長・電源

3-1. 【特許1】Ipgate AG「冗長型圧力供給を持つブレーキシステム」(US20230053950A1)

Ipgate AGが2021年に出願し、2023年2月に公開されたUS20230053950A1は、ブレーキシステム全体を二系統の圧力供給ユニットで構成する発想が肝です。主ユニットに加え、独立した副ユニットを持ち、圧力・電源・通信の複数チャネルを冗長に走らせる。片方に電気的な失陥(SCBを含む)が起きても、もう一方が引き継いで車両を安全に減速させる、Fail-operationalの教科書のような設計です。

電子制御と電源のバックアップまでを一つのシステムとして規定している点が読みどころです。「ハードウェアそのものが壊れる」を前提にした設計思想が明確に法的記述に落ちている、示唆に富む一件です。

3-2. 【特許2】KB Intellectual Property「同一電圧レベルで冗長化する電動機械式ブレーキECU」(EP4711219A1)

2024年9月出願、2026年3月に公開されたばかりEP4711219A1(KB Intellectual Property GmbH)は、商用車向け電動機械式ブレーキ(EMB)のECUに関する新しい提案です。

要旨がユニークで、「同じ電圧レベルU1で動く主/副の電源インタフェースを2本」もたせ、それぞれ独立した供給線(MSL/SSL)と別々のCAN通信線(CL1/CL2)を対応づけます。両ラインの電力容量P1+P2はブレーキアクチュエータの最大要求P0以上に設計し、主副の間にパワースイッチを挟んで需要に応じて分配することにより、片方がSCB等で失陥しても、もう片方が要求電力を受け持ち、モーターは動き続けます。

この特許の巧さは、異なる電圧系を混ぜるのではなく、同一U1のまま多重化する点です。ECU側のコネクタ数や高電圧絶縁の負担を増やさずに冗長性を確保できるため、実装容積の厳しい商用車のホイール周りにも収まりやすい。Fail-operationalを「重装備」ではなく「賢い割り付け」で達成しようとする発想がよく表れています。

出典:Wikimedia Commons(Brake by wire architecture-02、Reza Hoseinnezhad, Public Domain)

3-3. 【特許3】Johnson Controls「マイルドハイブリッド車向けDC-DCコンバータ」(US20150054337A1 / US10023072B2)

さらに一段深く、ECUの心臓部であるDC-DCコンバータそのものを扱う特許です。US20150054337A1(Johnson Controls/のちCPS Technology Holdings、2018年にUS10023072B2として登録)は、mHEV(マイルドハイブリッド車)に載せる車載DC-DCコンバータの構成・出力・冗長性を規定した特許です。

重要なのは、車載耐性(振動・熱・EMC)とAEC-Q100級の信頼性をどう両立するかという視点です。保護ユニット×DC-DC×通信冗長化が三位一体で初めて、ECUは「48V以上の世界」で生き残れます。

出典:Wikimedia Commons(Sepic DC-DC converter、Public Domain)

なお、こうしたECUの内部監視技術としては、Denso(US6832337B2、2004年)が古典的な下敷きとして知られています。マイコンと周辺ICの相互監視で「マイコンそのものの暴走」を検知するアイデアは、いまも各社のECU設計思想の底に流れています。

4. 応用分野・実用化:どこで、どう効いてくるのか

4-1. マイルドハイブリッドと48V EV

直接的な受益者は48Vマイルドハイブリッドです。12V系と48V系が同居し、ABS/ESC/回生ブレーキが同じ制御系で協調します。回生と油圧の配分(ブレーキブレンディング)は、48V電源とECUの安定動作なしには成立せず、SCB耐性のあるABS ECUがシステム全体の可用性を底上げします。

4-2. 完全電気自動車と自動運転車

BEV/自動運転車では機械リンクを持たないBrake-by-Wireが本命です。ドライバー不在でも確実に止まる必要があり、故障してもなお止まることが法的にも要求されます(ISO 26262、Fail-operational)。冗長ECU、独立電源、独立通信の三点セットは、いまや新車開発の必須項目です。

4-3. 商用車・大型モビリティ

トラック・バスは質量が重い分「止まる責任」も重い領域です。電動化で電動機械式ブレーキ(EMB)への置換が始まっており、EP4711219A1のような同一電圧2系統設計はまさにこの領域の要請から生まれた発明です。

5. 課題と展望

5-1. 現在の課題:Fail-safeからFail-operationalへ

いちばん大きな課題は、「安全側に落ちれば良し」から「落ちてはならない」への基準の書き換えです。ドライバーが介入できない自動運転時代のブレーキは、最初の故障のあとも限定機能で走り続ける状態を保つ必要があります。これはECUの部品ひとつひとつに、AEC-Q100 Grade 0級の温度耐性やFITレート管理を要求します。

5-2. 研究の最前線:多重冗長×診断×SOTIF

焦点は、多重冗長を「重量・コスト・スペース」を増やさずに実現する方法に移っています。二重巻線モーター、独立通信チャネル、12V/48V二電源、各層での自己診断、ISO/PAS 21448(SOTIF)は「壊れていないのに想定外の入力で誤動作する」領域までカバーしつつあります。

5-3. 未来の展望:ソフトウェア定義車両の中のブレーキ

長期的には、ブレーキ制御はソフトウェア定義車両(SDV)の一部として、OTA更新で機能追加が入る対象になります。ECUハードウェアの保護アーキテクチャは、ソフト更新後も同じ安全水準を保証する土台として重みを増していきます。SCB保護、電源冗長、通信冗長、これらは目立たないが、SDVの将来を静かに支える鉄骨部分です。

あわせて読みたい

高電圧EVのブレーキ制御は、通信のリアルタイム性AIモデル配信とも深くつながっています。以下の2記事もあわせてご覧ください。

車載無線の「信頼度」を扱う点で、ブレーキ通信冗長化の考え方と響き合います。

SDV時代のブレーキ更新を裏で支える通信レイヤの話題として参考になります。

6. 結論

電動化によって、ブレーキ制御ユニット(ECU)は、これまでの12V中心の設計から、48V以上の高い電圧を扱う設計へと大きく変わりました。そこで課題になったのがSCB(バッテリー電圧への短絡)です。SCB自体は自動車の電気配線では昔から知られてきた典型的な故障ですが、ECUにかかる電圧が高くなったEV時代には、その被害と要求される保護レベルが一段と重くなっています。今回の3件の特許は、この課題にそれぞれ異なる角度から取り組んでいます。

  • US20230053950A1:システム全体を二系統に冗長化して落ちない構造を作る、
  • EP4711219A1:同一電圧のまま電源と通信を多重化してECUレベルで冗長化する、
  • US20150054337A1:足元のDC-DC変換器そのものを車載品質で仕上げる。

三者を重ねると、「保護ユニット×冗長電源×冗長通信×信頼できるDC-DC」という現代ABSのデザインパターンが浮かび上がります。派手なAIやセンサーの陰で、次世代車の止まる力の設計思想が特許から透けて見えます。

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参考文献

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