1. はじめに
私たちが毎日使うトイレや台所の水は、道路の下に張りめぐらされた下水道管を通って処理場へ運ばれています。ふだん目にすることはありませんが、この「見えないインフラ」がいま、大きな曲がり角を迎えています。
国土交通省によると、全国の下水道管路の総延長は約50万km。このうち、標準耐用年数の50年を超えた管路は約4万km(総延長の約7%)ですが、20年後には約23万km(約45%)に急増すると見込まれています。2025年1月に埼玉県八潮市で起きた下水道管の破損による道路陥没事故をきっかけに、国は大口径の管路を対象とした全国特別重点調査を要請しました。2026年4月に公表された結果では、対策が必要な延長が748km、地盤中の空洞が96か所見つかっています。
とはいえ、古い管をすべて掘り返して交換するのは現実的ではありません。交通を止め、道路を壊し、莫大な費用と時間がかかるからです。そこで注目されているのが、道路を掘らずに、古い管の内側に「新しい管」をつくってしまう技術です。英語では Cured-in-Place Pipe(CIPP)、日本では「管更生」と呼ばれます。
本記事では、この管更生の中でも、ガラス繊維で補強したライナー(内張り材)に注目します。カギになるのは、意外にも「繊維をどう縫い留めるか」という、まるで洋裁のような工夫です。
2. 「管の中に管をつくる」CIPPのしくみ
2-1. 柔らかい“靴下”を入れて、その場で固める
CIPPの基本的な発想はシンプルです。樹脂をたっぷり含ませた柔らかい筒状のライナーを、マンホールから古い管の中へ送り込みます。次に、空気や水の圧力で風船のようにふくらませ、古い管の内壁にぴったり押し当てます。その状態で樹脂を固めると、ライナーは継ぎ目のない硬いパイプに変わり、古い管の中に新しい管が完成します。
図1:マンホールからライナーを管内へ送り込む施工の様子

(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Wiki_Inliner.JPG)
作業に必要なのは、基本的に上流と下流のマンホールだけ。道路を長い区間にわたって掘る必要がないため、工期も交通への影響も大きく減らせます。
2-2. 「お湯で固める」から「光で固める」へ
樹脂を固める方法には、大きく分けて熱(温水や蒸気)と光(紫外線など)があります。熱による硬化は長い実績がある一方で、硬化に時間がかかり、管路の途中で硬化が十分に進んでいるかを確かめにくいという弱点があります。
これに対して光硬化型では、ライナーをふくらませたあと、光源を内部に通しながら樹脂を固めていきます。光を通しやすいガラス繊維と相性がよく、近年は日本でも光硬化型の管更生工法が広く使われるようになりました。
2-3. フェルトからガラス繊維へ―強さの主役が交代する
従来のライナーは、ポリエステルなどのフェルト(不織布)に樹脂を含ませるタイプが主流でした。北米の下水道技術団体NASSCOの技術解説によると、フェルト系のライナーは樹脂が約85%、フェルトが約15%で、強さの大部分を樹脂が担っています。しかも、樹脂単体に比べて曲げ強さや引張強さは50%以上低下することがあるといいます。
一方、ガラス繊維で補強したライナーでは、ガラスの割合が40〜60%にも達し、はるかに強い複合材料になります。同じ強さなら壁を薄くできるため、樹脂の使用量が減り、管の内側の流れる断面も広く保てます。
図2:ガラス繊維マットに樹脂を含浸させる作業

ただし、ガラス繊維には弱点があります。ほとんど伸びないのです。古い管の内径は場所によって微妙に違い、マンホールのように途中で太さが変わる構造もあります。ライナーが伸びなければ、すき間やしわができてしまいます。「硬化後は強く、硬化前はしなやかに伸びてほしい」―この矛盾をどう解くかが、特許の鍵となっています。
3. 特許から見る技術革新
3-1. 繊維の束を「重ねて滑らせる」補強ライナー(US6932116B2)
管更生の大手Insituform社による US6932116B2 は、高弾性の繊維束を円周方向に巻いた補強ライナーに関する特許です。ガラスや炭素などの伸びにくい繊維束を、樹脂を吸う層の内側と外側に配置します。
この特許のうまいところは、繊維束の端どうしを重ね合わせておき、ライナーがふくらむときに端が互いに滑るようにした点です。繊維自体は伸びなくても、重なり部分がずれることで、ライナー全体は古い管の内径に合わせて広がれます。繊維束は目の粗いネット状の基材に縫い付けて固定されており、施工中に並びが乱れないよう工夫されています。
明細書では、硬化後の剛性が上がることで樹脂層を薄くでき、樹脂の重さを半分にしても、補強なしのライナーより座屈強度が50%高くなりうると説明されています。伸びない繊維に「伸びる仕組み」を持たせる、発想の転換といえます。
図3:US6932116B2 の補強ライナーの構造(FIG. 1)

3-2. 光を通さない内層でも固まる紫外線硬化ライナー(US20080160239A1)
Norditube Technologies社による US20080160239A1 は、紫外線で硬化するライナーの出願です(米国では権利化に至らず放棄扱いですが、技術の方向性を知るうえで参考になります)。
従来の紫外線硬化型は、光を通すために高価なガラス繊維と透明なフィルムが必要で、そのフィルムは硬化後にはがす手間もありました。この出願では、樹脂に紫外線開始剤と過酸化物を組み合わせて配合することで、光をほとんど通さない内層があっても硬化を進められるとしています。
説明されている利点は、温水・蒸気による硬化と比べて硬化時間を最大30%短縮できること、そして硬化前にカメラでしわの有無を確認できることです。「固めてしまってから失敗に気づく」というリスクを減らす発想は、品質管理の面で大きな意味を持ちます。
3-3. 太さの変わるマンホールに合わせて伸びるスリーブ(US8721216B2)
LMK Technologies社などによる US8721216B2 は、マンホールの上部(チムニー)を補修する方法です。マンホールの上部は、車の荷重や凍結・融解の影響を受けやすく、最も傷みやすい部分とされています。しかも円すい形で太さが変わり、マンホールごとに寸法もばらばらです。
従来のライナーはガラス繊維やフェルト製でほとんど伸びないため、現場ごとに正確な採寸が必要でした。寸法が小さすぎればすき間から水が入り、大きすぎればしわができてしまいます。
この特許では、「ステッチボンド」と呼ばれる縫製系の布でつくったスリーブを使い、円周方向に元の直径の最大150%まで伸びる一方、長さ方向にはほとんど伸びない設計としています。樹脂を含ませたスリーブを、ふくらむゴム袋(ブラダー)で壁に押し付けて硬化させれば、採寸なしの“ワンサイズ”で、すき間もしわもない内張りができるというわけです。
図4:ブラダーでスリーブをマンホール内壁に押し当てる工程(FIG. 7)

3つの特許を並べると、共通するテーマが見えてきます。それは、「強い繊維を、どう配置し、どう縫い留めれば、硬化前だけしなやかに変形させられるか」という問いです。
4. 応用分野・実用化
4-1. 都市の下水道本管
最大の用途は、やはり都市部の下水道本管です。交通量の多い道路や商店街の下でも、マンホールを拠点に短時間で施工できます。米国環境保護庁(EPA)の報告書では、使用開始から25年、23年、21年、5年たったCIPPライナーを掘り出して調べた結果、いずれも良好な状態で、想定寿命50年を全うできない理由は見当たらないとまとめられています。
4-2. マンホールそのものの再生
管だけでなく、マンホール自体の補修にもライナー技術が使われています。NASSCOの解説では、マンホールは地下水が浸入する大きな原因の一つであり、樹脂ライナーで内側を一体的に覆う工法が、浸入水の防止や腐食対策として紹介されています。太さや形が一定でないマンホールこそ、伸びるライナーの真価が発揮される場面です。
4-3. 大口径管・雨水管、そして圧力管へ
ガラス繊維補強ライナーは、大口径の管でも使われるようになっています。円周方向の繊維は外からの土圧や水圧による座屈に強く、長さ方向にも一定の繊維を入れることで、管内に引き込むときの力にも耐えられます。さらに、内側と外側に繊維層を配置してサンドイッチ構造にすると、I形鋼のように曲げに強い構造になり、壁を薄くできるとされています。こうした考え方は、内部に水圧がかかる圧力管の更生にも広がりつつあります。
5. 課題と展望
5-1. 現在の課題
一つ目の課題は、「伸び」と「強さ」の両立です。繊維の量を増やせば硬化後は強くなりますが、硬化前は硬く扱いにくくなります。伸びるように設計すれば、今度は繊維の並びが乱れて強度がばらつくおそれがあります。
二つ目は、施工現場の環境と安全です。米国パデュー大学の研究グループは、樹脂を現場で硬化させるCIPPの施工で化学物質が周辺に放出されうるとして、調査と情報発信を続けています。光硬化や低揮発性の樹脂など、より安全な材料と工法の選択が求められています。
三つ目は、長期性能のデータ不足です。EPAの報告書も、より多くの都市でサンプルを集め、長期データベースを整備する必要性を指摘しています。
5-2. 研究の最前線
いま研究が進んでいるのが、縫い目(ステッチ)が布の変形に与える影響です。英国の研究グループは、ポリアミド糸で縫い留めたガラス繊維布(ノンクリンプファブリック)を調べ、横方向に繊維を支える糸がない構造では縫い糸そのものが伸びることで、布が小さな力で変形できることを示しました。
これは管更生にとって重要なヒントです。縫い目の形や密度を設計すれば、ガラス繊維布の「しなやかさ」を狙って調整できるからです。たとえるなら、同じ生地でも縫い方ひとつでスーツにもジャージにもなるようなもの。繊維そのものではなく、「縫い方」を設計の対象にする発想が、次世代ライナー開発の新しい軸になりつつあります。
5-3. 未来の展望
今後は、縫製パターンの最適化、光硬化による施工時間の短縮、そしてカメラやセンサーによる施工品質の見える化が組み合わさっていくと考えられます。日本では老朽管が今後20年で急増するため、少ない人手で、早く、確実に直せる技術への期待はますます高まるでしょう。
特許の世界では、こうした技術が「繊維の配置」「樹脂の配合」「縫い目の幾何学」といった細かな工夫の積み重ねとして記録されています。地味に見える分野ですが、私たちの足元の安全を支える、まさに次世代のインフラ技術なのです。
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6. 結論
古くなった下水道管を、道路を掘らずに内側から再生する管更生技術は、老朽化が急速に進む日本のインフラにとって欠かせない存在になりつつあります。
その性能を左右するのが、ガラス繊維補強ライナーです。ガラス繊維は強い一方でほとんど伸びないため、特許では、繊維束を重ねて滑らせる構造(US6932116B2)、光を通しにくい層でも硬化できる樹脂配合(US20080160239A1)、円周方向に150%伸びるスリーブ(US8721216B2)など、「硬化前はしなやか、硬化後は強靭」を実現するための工夫が重ねられてきました。
そして研究の最前線では、縫い目の設計そのものが布の変形性を決めることが明らかになりつつあります。見えない地下で私たちの暮らしを支える技術は、繊維一本、縫い目ひとつの工夫から進化しているのです。
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参考文献
テーマに近い関連する特許文献
- US6932116B2 – Fiber reinforced composite liner for lining an existing conduit and method of manufacture(Insituform Netherlands BV、2005年発行) https://patents.google.com/patent/US6932116B2/en
- US20080160239A1 – UV-Curable Tubular Lining Material for Pipelines(Norditube Technologies AB、2008年公開) https://patents.google.com/patent/US20080160239A1/en
- US8721216B2 – Method of repairing a manhole chimney using a stretchable sleeve(LMK Enterprises Inc. ほか、2014年発行) https://patents.google.com/patent/US8721216B2/en
記事を作成するにあたり参考にした文献
- 国土交通省 – 下水道の維持管理(ストックマネジメントの推進:施設の現状) https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000135.html
- 国土交通省(2026年4月21日報道発表) – 下水道管路の全国特別重点調査の結果を公表します https://www.mlit.go.jp/report/press/mizukokudo13_hh_000731.html
- NASSCO Tech Tips(2020年12月, Edition 62) – Reinforced Materials Enhance CIPP Design and Performance https://nassco.org/wp-content/uploads/2021/02/NASSCO-NOV2020-Tech-Tip-CIPP.pdf
- U.S. EPA(2011) – A Retrospective Evaluation of Cured-in-Place Pipe (CIPP) Used in Municipal Gravity Sewers https://nepis.epa.gov/Exe/ZyPURL.cgi?Dockey=P100DQFP.TXT
- International Journal of Material Forming(2023) – Kahavita ほか “Characterising the shear resistance of a unidirectional non-crimp glass fabric using modified picture frame and uniaxial bias extension test methods”(White Rose Research Online 公開版) https://eprints.whiterose.ac.uk/id/eprint/210426/1/s12289-023-01765-0.pdf
- NASSCO – Manhole Rehabilitation https://nassco.org/trenchless-technology/rehabilitation/manhole-rehabilitation?scLang=en
- Purdue University CIPP Safety – CIPP Solutions Group / Resources https://engineering.purdue.edu/CIPPSafety/resources


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